読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私が「なんで留学したの?」にすぐ答えられない理由

こんにちは、せんです。

私には自分なりの理由があると思うのだけど、結局平均化された留学生と遜色ないことに気がついて、それでもわずかな色の違いを信じたい、という話。

 

                                       
「海外に留学中/留学経験あり」という自己紹介は良くも悪くも、印象に残りやすい言葉だと思うのです。

この言葉の後にはよく、就職に有利だとか、自分探しと称した単なる自己満足だとか、そういった類の話が続くのを見かけます。

留学によるメリット、デメリットは色々な方が考察していて、私自身、たくさん読んだり聞いたりしてきました。留学を完全に良いものと捉えたければ、自分に都合の良い情報は望めばいくらでも見つかります。もちろん、逆もまた然りです。

若者の私が言うのもあれですが、多少のお金と時間さえあれば、今はどんな人でも(それこそ子供からお年寄りまで)留学できてしまう世の中なのだと思います。

だからこそ、気軽に留学できる時代だからこそ、留学の理由もその分だけ多岐にわたっている。

 

                                        

私も数いる留学生の一人として、よく「なんで留学したの?」「どうしてカナダを選んだの?」という質問をよくされます。私からも他の留学生にその質問をしています。

留学理由は出身国の次に留学生間で話しやすい、共通の話題なんだと思います。

ですが私の場合、その質問をされて答えようとした時、いつもすぐに説明できる理由が見つからない。

大抵は「カナダに憧れていたから」「留学自体に興味があったから」なんて、当たり障りのないことを言っています。事実、これらも理由の一つです。それでも、第一の理由ではない。

 

答えをさらっと出してしまえば、私の留学は両親から受けた影響です。

こういう理由はあまりかっこよくないと言いますか、自立から程遠く、まだ「保護者」に甘えている幼い自分が見え隠れしている気がするので、カラッポのプライドが邪魔してあまり自覚しないできました。

留学をしろ、した方がいい、とは言われませんでしたが、生活のあちらこちらに日本の外の存在がちらほらしている家庭でした。今も大きな心の拠り所になっている「親」という存在ですが、それでも、カナダ留学への熱意の大元を自覚した時、こんなにも今の私は親からの要素で出来上がっているのか、と茫然としました。

 

                                       
ただ、「影響を受けた」という理由で終わらせるのはあまりにも乱暴で、物語でいうプロローグを読み終わっただけの段階だと思うのです。

 

影響を受けて、その先に持った自分の考えが、これが冒頭でも言った自分だけの色になったり。

 

「人は影響を受ける」という話まで論点を広げると、私なんかが扱いきれない人格形成に関する心理学と哲学の話になりそうな予感がするので、少し向きを変えます。

反面教師という言葉があるように、影響は陽にも陰にも受け取れて、その先に個性が出てくるのかな、と。

 

つまり、留学という選択もたくさんの影響による結果の一つで、その一つ一つが何だったかを考え始めるから「なんで留学したの?」に答えられないんだな、とこの前思い立ちました。

 

何か一つに絞るとしたら、私が親から影響を受けて作られた考えの一つ、

「模倣から始まる本物がある」

という考えが私のカナダ留学の最たるところだと思います。

これを説明したいときにうまく自分の中で整理できていないので、いつもなんとなくの言葉になってしまうんです。

私の真似ごとの源泉は本だったり人だったり写真だったり、また話させてください。

 

いろんな人がいろんな思いで海外生活をしていて、その中に自分が埋もれてしまいそうな感覚に陥ったので、それでも人に色はあると思いたいがために書きました。

f:id:sen24:20170209145701j:plain

ものは見よう。フィルターを通せば猫だって空と混ざったりできるしね。

 

なんともまとまりのないぼやけた話になってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!

せん