あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

ナメクジが心を反射する

一週間前、4匹の黄色いナメクジに出会った。

あの風貌が私はどうしても苦手だ。

新緑がつくる影の下、そして腐葉の広がる土の上。ナメクジのような湿度が命を左右する生き物にとっては、うってつけの住処だったのだろう。

 

そこに文句はない。

彼らは森の掃除屋とよばれるとおり、枯れ葉を食べて生態系の循環をうながす。きっと私がまだ知らないような繊細なバランスで、彼らの生はそこに組み込まれているのだと思う。

同時に、私の反射神経にはナメクジへの拒否反応が組み込まれている。それこそ、数歩先にその姿を見ただけで、足や腕のどこかにある筋肉がピクリと引きつるような。

彼らに非は全くない。

そもそも、私がナメクジの住む場所に自ら好んで行ったのだ。ハイキングと称して森の中を歩き回ったのだから、1匹や2匹見つけるのは当たり前だろう。数時間のハイキングで4匹ぐらい見つけるのもそこまで驚くことではない。

何が不思議なのか。

見つけた途端に反射的にとびのきながら、私はナメクジから目が離せなかった。逃げたいような近づきたいような、気持ち悪いような愛おしような。そのときの私は、変に感情が綯い交ぜになって、少し高ぶっていた。けっきょく私は近づいて、その場で彼らがゆっくりと枯れ葉を食べ進めるのをしばらく眺めていた。

ナメクジの見た目が嫌いなのは間違いないのだけど、その姿に惹かれるのも本当だ。

きちんとした根拠のある説明はできない。少なくとも、まだ知らない。でも、この相反した感情は、もしかしたら誰もが持っているような、思ったより身近な話かもしれない。

怖いもの見たさ、と似ているだろうか。

 

ナメクジがこの問いに答えてくれるわけではない。彼らは彼らで、自分たちの生をつなぐための答え探しに必死なのだ。

だから私も、自分の生をつなぐために、ナメクジに問いかけるのではなく、ナメクジを映した自身の脳内に答えを探す。

 

-Banana Slug-

f:id:sen24:20180602045510j:plain