あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

アザラシは甲板で待ちわびる

ほんの少し疲れた気がして、脱力気味のときは、そのダルっとした感じのまま(場所が許せば姿勢を崩したりして)なにかゆるく癒しを求めると、ちょっと活力が戻ってくる。ことがある。

 

アザラシの"ゆるさ"は、そういうときの心によく染みわたる。

彼らの性格は言うほど緩んでないだろうが、厚ぼったくて大きな目や流線形の体、ふわふわと浮いているような泳ぎ方が、可愛さを演出する。

 

海に面した近所の観光地によく遊びにくるアザラシがいる。

観光客が近くの店で買った食べものを投げてよこしてくれるものだから、その周りをウロウロするのだろう。

それが良いことかどうかは置いておいて、

初めて見る野生のアザラシは、期待を全く裏切ることなく可愛らしい目をしていた。

半分透き通った水面下から覗くようにこちらを見つめている様子は、まさに"ゆるかった"。

 

定期的に、そういう純粋な癒し成分が欲しくなる。

色々なことを堂々巡りしながら考えるのは楽しいけれど、たまにはそういう思考を放棄して、己の直感のまま景色を見るのもいい栄養になるものだ。

アザラシの姿が脊髄に直接「かわいい!」と語りかけてきたら、うんうんそうだよね、なんて肯定してあげるのもときには必要だったり。

 

綺麗にスルスル泳ぐものだから、水の中はそんなに気持ちいいものかと飛び込んでみたくなる。けれど、私が泳いだところで醜い水しぶきをあげるだけだ。

なめらかな波紋は彼らの特権なのだろう。

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