あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

河の童が逃げた先

遠野物語に『姥子淵の河童』という話がある。

 

村の人が馬に水を飲ませようと姥子淵という河原に連れてきたところ、そこに潜んでいたカッパがいたずらしようと馬をつかんだが、思いのほか馬の力が強かったため逆に引きずられてしまい、馬小屋まできてしまう。村人に見つかって必死に命乞いをしたところ、もう悪さをしないと言う約束で解放され、そのカッパは住む場所を変えてひっそりと暮らすことにした。

 

こんなあらすじだった気がする。

どういう経緯だったのかは忘れてしまったのだけれど、これを小学校の学芸会で劇として披露したことがある。

その前の年は「おおきなカブ」だった。小学校の劇は、どうやって決めているのか、今になって思えば担任の先生の好みもけっこうあったのだろう。

 

私の役は「河原で馬の番をしているうちに居眠りをしてしまう村人」だった。

今でもよく覚えている。

村人A~Dまであって、みんなやりたがらないのが居眠りする村人Aだった。誰も舞台上でぼんやりとした演技などやりたがらなかったのである。けっきょくジャンケンで決まってしまった。

 

劇の序盤、馬を引き連れて登場する。少しなでてやってから、馬の近くに座り込む。「疲れた疲れた」といいながらタバコをふかす真似をしているが、そのうち眠くなったのかコックリコックリし始めて、やがて完全に寝てしまう。その背後からカッパたちが忍び寄ってくるのだ。

 

これだけの役だが、小学校の頃から引っ込み思案だった私には、大変な勇気のいる役だった。今思えば、カッパ役で緑のタイツと緑のビニール袋をかぶって頭にお皿を乗せた同級生たちは、さらに注目される姿だったのだけれど。

それでも、カッパ役はやりたい子が引き受けたのでよかった。でも、私の役は誰もやりたがらない、というのが羞恥心を助長させた。

 

人前での自己表現がとことん苦手だった私は、変な話だけれど、それでも目立ちたがり屋だった。

小学校に入りたての頃を振り返れば、本質は「誰かに見てもらいたい」が根底にずっとあるのだろう。それなのに、"恥を捨てる勇気"を習得する段階を、どこかですっとばしてきてしまったらしい。

今からでも間に合うだろうか。

中途半端に恥ずかしがりながら演じた村人Aは、滑稽な姿でビデオテープに今でもしっかり残されている。「おまえの声全然聞こえないじゃないか」とビデオを見た後任の先生は言った。

 

小さな小さな恥が少しずつ堆積していって、今では巨大な負の記憶となって膨れ上がっている。楽しい思い出とセットになっていることが多い分、過去を懐かしがると、そのときの自分の失態も一緒に引きずり出されてくるから困ったもので。

どうやら大概の人がそういった嫌な記憶と、あるいは比べものにならないほど辛い過去と共に生きているらしい、ということが最近ようやく理解できてきた。

 

私の場合、そういう感情を前に、逃げることを選択したのが問題だろう。

戒めとしてひっそりと姿を消したカッパのように、「誰にも見られず馬鹿にされない場所」を探し求めている。

それでも、消えてしまいたいとは思わないところが煮え切らない思いの滑稽さであり。

 

お気に入りのカッパの置物がある。

引っ越す先々の窓際に置いている、3匹の陶芸作品たち。箸置きにもなる優れものだ。

気ままに寝そべる彼らの姿が、なんだかとても可愛らしくて、ついつい眺めてしまう。

村人Aは、馬に引きずられているこんな彼らに気づかず馬小屋まで連れて帰ってしまうのだから、やはり相当ぼーっとした役だったんだな。としみじみ思う。

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