あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

老猫と仔犬は日向ぼっこで軒の下

先代の猫は、一人っ子の私にとって、生まれた頃からずっと一緒にいた幼馴染のような、兄弟のような存在だった。

 

私が生まれる1年くらい前、両親はアメリカンショートヘアの仔猫を2匹引き取った。兄妹の2匹は、里親待ちの最後の猫だったという。

仔猫時代の彼らはよく覚えていないけれど、その頃からとても人懐っこかったと聞いている。

 

乳幼児だった私がテーブルから食べものを落とすのをいつも足元で待っていたらしい。夕飯の準備中に猫たちの奇襲にあい、さんま焼きの一部がかじられてしまうことも日常茶飯事だった。チーズの包み紙を開ければどんなに遠くにいても音を聞きつけて駆け寄ってきたし、しまいには私が冷蔵庫に向かっただけで期待の目を向けてくるようになった。数日に一回ハイになって一階と二階を騒々しく走り回っていたこともよく覚えている。脱走したことが何回かあったが、夜になると何食わぬ顔をして窓の外でお腹が空いたと訴えていたりした。

 

猫に流れる時間というのは、人である私にとって無慈悲なほどに早いもので。

私がようやく子供と大人の境目を意識し始めた頃には、彼らはすでに老猫と呼ばれる年齢になっていた。生まれ年はほぼ変わらないのに。

猫との正しい遊び方がわかってきた時にはもう、彼らの若さのピークはとっくに過ぎていたのだ。

 

私たち家族はたくさん引越しを繰り返してきたので、猫にも犬にも相当の負担があっただろう。それでも、行く先々でそれなりにみんな順応してうまくやってくれていた。

そんな中、妹猫がこの世を去る。

翌日。明らかにいつもより広く感じる家の中で、兄猫、マツがあまり聞いたことがない寂しげな鳴き声で、何かを探すようにあたりを歩き回っていた。

妹猫は、ハスキー犬のユキとも生きていた時期がかぶっている。

 

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 兄猫マツは、生まれてこのかた一緒に遊んで眠ってきた相方がいなくなり、一層私たちに甘えてくるようになった。

この頃から、マツは私の布団に潜り込んで寝るのが日課になった。私は私で、彼のゴロゴロ鳴らす喉音とあたたかくてモチっとしたお腹が好きで、腕枕なんかを提供する日もあった。

 

妹猫がいなくなった次の年の冬に、マツもいなくなることを決めたようだった。

ちょうど、その年の初夏に犬のユキが最期を迎えたばかりだ。

 

5、6年前から悪くしていた後ろ足がさらに悪化して、前足で体を引きずるようにして歩くようになっていた。猫は自らの死期を悟るとふらりといなくなるという話を聞くけれど、あの時のマツにはそれは難しかっただろう。

歩きにくくなっても布団で寝る日課は守りたかったようで、毎晩お決まりのように布団に潜り込み、時には爪なんか立てたりして、私に腕枕を強要してきた。

最後の数週間はいよいよ自力での移動が難しくなり、排泄もうまくできなくなってきたので、一緒に寝ることは断念せざるをえなかった。

今までにないマツの大きな鳴き声を聞き、家族全員がいよいよだと悟る。息を引き取ったのは、それからすぐだった。私たちが見守っていたことが、彼を少しでも安心させたことを今でも祈っている。

 

実は、マツは下の記事でも紹介した犬とほんの少しだけ、過ごした時期がかぶっていたりする。

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まだ生後数ヶ月だった仔犬は、マツの隣で寝るのがお気に入りだった。

マツは仔犬のしつこさに少しうんざりしていたけれど、悪くしている後ろ足のせいで素早く逃げさることもできないので、けっきょく彼を受け入れていたようだった。

 

2匹の大きさがほぼ同じだったのは、若さと老いの対比を一層際立たせているようで、なんとも言えない偶然だった。

犬と猫、2匹が一緒に日向ぼっこしている写真は、私のお気に入りだ。

命がどんなものかについて大それたことは語れないけれど、若い犬と老いた猫のそれぞれに宿る魂は、陽の光を浴びながら、共感しあっているかのように見えた。

そんな彼らを観察していたのは、懐かしがるのが大好きな人間である。

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