あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

ハチワレ猫はあくびをするばかり

先代の猫を亡くしてから数ヶ月後。

私が生まれる前から猫と暮らしてきたこの家は、ぽっかりと空いた穴に耐えられず、動物の里親協会から1匹の仔猫を新たに迎え入れた。

 

家に連れてきたとき生後半年ほどだったハチワレの仔猫は、親猫とはぐれた野良だったようだ。

小さくて痩せていて、その分シッポがすらっと長くみえるその猫は、先代のアメリカンショートヘアとは対照的な体型だった。

 

一言で表してしまえば「美人」

二言で表現するなら「おそろしき親バカ発生装置」

三言でいわせてもらえば「家にこんな可愛い猫がいるのが信じられない」

 

見るたび衝動にかられるまま抱きしめたくなるのだけれど、その猫の自分ペース絶対主義の元、軽くあしらわれ、なかなか受け入れてもらえないのが常である。

私のことは完全に遊び相手とみなしているようで、じゃれ合いにはよく誘ってくれるのだが、爪というトゲトゲの飛び出た遊びモードの猫は、私の求めるリラックスには向いていない。

そのため、寝ているところや起き抜けで寝ぼけているところをそっと観察するのが、現状の最善策だ。

 

けれど、なかなかどうして、この猫は写真うつりが抜群にいい。

 

ふと思い立って写した景色のままで、艶やかに写り込んでくれるのだから、すごい才能だと思う。

こと写真うつりに関して才能のかけらもない私にしてみれば、羨ましい限りである。

記念撮影だといわれて撮ってみれば、7割がた目を瞑っている。どういう顔をするのが正解なのか迷っているうちにシャッターを切られるため、中途半端な笑顔が不自然に景色に浮き出る。棒立ちも味気ない気がするけれどピースサインもありきたりすぎる気がして、けっきょく所在ない手が変に空中で止まっていたりする。

 

じゃあ日常のさりげない瞬間を撮ってもらえばマシなのかと思えばその逆だった。

自分の姿勢の悪さや油断しきった半開きの口、あちこちに跳ねる髪の毛を見て愕然とするのだ。

どうにかできないかものかと、自然を装ったポーズでそこに座ってあっちを眺めてて、といわれながら試行錯誤するのだが、今度は緊張して固まった表情がおもしろおかしく画像上に残るだけだったのである。

 

私はとことん被写体に向いていないらしい。

もしかしたら裏方よりなのかもしれない、と開き直って、今にいたる。

 

それでもやっぱり悔しいので解決方法を考えるのだけど、恥を捨てる、という平凡な答えしか出てこないので、つまらない。

学生時代の演劇が下手だったことが、そのまま写真うつりの悪さの理由だろう。

 

ハチワレ猫に尋ねても、ただあくびと伸びをするばかりである。

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