あの犬この猫そこの馬

自然を基調に、エソラゴトをのんびり考えていく

宇宙樹とサンドイッチと玄米茶

北欧神話に、宇宙樹と呼ばれる巨大なトリネコの木が出てくる。

 

世界樹ユグドラシル

色々な呼称があるらしいのだけど、私は今のところ「宇宙樹」が一番気に入っている。

なんだか、宇宙と聞くだけで、無限の広がりを持っているような響きが見えるのだ。

 

その根ですべての世界をつなぎ、宇宙の秩序を体現していると言われる巨木は、なにも北欧神話だけに出てくる概念ではないらしい。

樹木という存在は、いつの時代も、どの場所でも、人を魅了してきたようだ。

 

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アスファルトを押し上げる強靭な木の根)

 

それにしても、「宇宙樹」なんて想像力の源泉のような言葉、なぜ今まで見逃していたのだろう。

知人がだいぶ前にこの話をしていたのを思い出して、ようやく言葉の意味について調べる気になったのは、つい最近のことだ。

 

昔からの伝え話は、今でもいたるところで題材になっているのを見かける。

神話についての知識はてんでないので、もう少し知っていおいてもいいかもしれない。

 

それでも、思い返してみれば。

言い伝えを知らなくても、木に寄せる信頼は、元々どこか意識の奥底に組み込まれているらしい。

鳥居のすぐそばにそびえ立つ巨大な御神木を、幼い頃「おモクさま」と名付けて挨拶していたのを思い出した。

それだけで、なんだかその木に意思があるようで、「おモクさま、今日もいってくるね」と声をかけるだけで見守ってくれている気がしたのだ、不思議と。

(なぜか「ただいま」と言ったことは一度もなかった。)

 

宇宙の秩序の体現者と言われてしまえば、壮大すぎて人の尺で理解することを放棄してしまいそうだ。

けれど、人間と樹木の寿命が違うのと同じで、見ているものも聴いているものも違うのだとすると、あながちファンタジーの中だけの話ではないのかもしれない。

紀元前4世紀に生まれ、今も生きている木々は “長寿” なのだろうか。いや、おそらくこの考え方自体が違うだろう。彼らは長命なのではなく、ただ “別の時間” を生きているのである。すべての生物にはそれぞれのリズムがある。生命にとって、時間は単一な流れではない。その流れは、時と場合によって変わるのだ。(中略)彼らは、私たちの時間感覚とはまったく違うテンポの中で生きている、そんなことを気づかせてくれるのだ。

ーDavid George Haskell 教授(ブログ内にて)

An elder: Rocky Mountain bristlecone pine (Pinus aristata) | David George Haskell

 

 

これからの季節、彼らには木陰の提供者としても、ぜひ仲良くしてもらいたいものだ。

そこで、木漏れ日を眺めるのもまた雅。

さらに、お手製のサラミ入りサンドイッチと玄米茶なんてあれば最高である。

 

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